中央線が浅川を渡るその時

Rambling Column with my favorite Music and some Alcoholic Beverage

そこに〈季節〉が流れているから ~『狂人関係』上村一夫 ~

東京は昨夜から午前中にかけて雨だった。

仙台では1時間に100ミリを超える記録的短時間大雨情報が出された。ニュース映像には街中でタイヤの上端まで水没した車が何台も映っていた。土砂災害警戒情報が出された地域もあるということだ。大きな被害にならないことを祈りたい。

私はといえば昨日の〆切りでいったんケリがついたため,天候が許せば近場の山歩きにでも出かけようと思っていたが,当てが外れてしまった。急ぎの仕事もないままコンピューターの前に座して,何もしない。夏にネットで仕入れたスピーカーからは,スロージャズや気怠いブルースがずっと流れている。まあ,こうして暇を持て余すのも悪くない。

 

話はまったく変わる。新千円札の裏面には,葛飾北斎による『富嶽三十六景』全46図中の1図「神奈川沖浪裏」がデザインされている。あの大胆な構図がお札に載るなんてとてもいいと思うのだが,あなたどう思われますか?

もちろんこれはジャポニズムを代表する作品だし,海外での評価も高いから,お札のデザインに使われておかしくはないのだが,もとはといえば浮世絵である。「浮世」は「憂き世」であり,どうせ辛く苦しい世の中ならば,せめて気分だけでも楽しく日々を前向きに生きていこうじゃないか,という庶民の粋を反映した風俗画である。ちなみに樋口一葉の旧五千円札の裏面は尾形光琳筆『燕子花図(かきつばたず)』からのアレンジだが,こちらは泣く子も黙る金ピカの国宝だ。このように神々しいのもいいが,浮世絵の載った新千円札も味があるのではないだろうか。

葛飾北斎といえば,今年のNHK大河ドラマ『べらぼう』との関係も深い。『べらぼう』は横浜流星演じる蔦谷重三郎を中心に,当時の文化が創りあげられていく過程での絵師や戯作者たちをとりまく人間ドラマを描いている。昨年の秋ごろ,この蔦谷重三郎の名を聞いたとき,どこかで聞き覚えがあるし自分がかつて読んだ本の中に出てきたのではなかったか,と記憶を探った。しばらくしてその疑問は解消した。上村一夫氏の名作,『狂人関係』の登場人物に名を連ねていたのだ。

 

上村一夫公式サイト:https://kamimurakazuo.com/book/kyoujinkankei/

 

『狂人関係』というタイトルは,北斎が晩年に「画狂老人卍」の雅号を使ったことに由来するのだろう。最晩年に至るまで北斎の創作意欲や技術の向上心は衰えなかったと言われており,「幼年期から80余歳まで毎日筆をとってきたが,猫一匹すらまともに書けない」と嘆いて娘の前で落涙した,という逸話も残っている。一方,生活ぶりはと言えば,料理はしない,片付けもしない,衣服は汚れていても気にならず,金銭にも無頓着だったという。作品は評判がよいが,いつも貧乏でピーピーしていたようだ。娘のお栄も同じような生活ぶりだったというから,父娘して今でいうゴミ屋敷の住人なのではなかったか。

『狂人関係』は北斎の弟子で女好きな枕絵師・捨八を主人公として,娘・お栄とのからみを織り交ぜながら,稀代の絵師・北斎の生き様を描き出している。ここに蔦谷重三郎はじめ,同じ浮世絵師の安藤広重,読本作家・滝沢(曲亭)馬琴などが絡む。放火の罪を背負い鈴ヶ森で火刑にされた八百屋お七が徐々に狂っていく様などは,上村劇画のひとつの極致を感じさせる。

 

物語りの最後近く,お栄は土間に面した狭い部屋の真ん中に布団を敷いて寝ている。彼女は開け放たれた障子ごしに庭を眺め,また視線を戻しては天井を眺めている。このあとお栄は,自分が妊娠していることを知る。

『人間はたった一人でもそれほど淋しくはないものである

なぜならよく目を見開けば  そこに〈季節〉が流れているからである

秋が来た……

この秋に合わせて生きてゆけばよいのだ ― とお栄は思った

冬には  またその生き方があろう

それは  またその時に考えればよいこと ―

降る雪が  凍てつく枯枝が  その時に生き方を静かに教えてくれよう

今は秋……

秋が来れば来たで秋に合わせて生きてゆく ― そこに何の淋しいことがあろう

友だちもなく伴侶もない

しかしよく目を見開けばそこに季節が流れているのだ

誰もいないのではない  自分がいる……

とお栄は思った……』(一部抜粋)

北斎の娘・お栄は,東海道戸塚宿で消息を絶ち,そのまま行方不明になった,とされている。

 

大河ドラマ『べらぼう』はたまにしか視ない。長らく本棚の奥のほうにしまってあった『狂人関係』全3冊を掘り出して以来,こっちのほうがはるかに面白いことに気づいてしまったからだ。はじめて読んだ40歳代では理解しえなかった憂き世の寂寥感みたいなものが,古希を迎えてやっと少しわかってきた感がある。北斎は「猫一匹も描けない」と嘆いたかもしれないが,私もここに至って「劇画の一冊も読み切れない」未熟さがあることをあらためて知った。それはとても大事なことのような気がする。

この秋,かつて読んだ本へ再入門など試してみても面白いかもしれない。

 

♪“SongbirdKenny G

https://www.youtube.com/watch?v=oFNvrZSd4kQ&list=RDoFNvrZSd4kQ&start_radio=1

 

鳥沢―猿橋桂川橋梁